「三国志」
吉川英治
講談社・吉川英治文庫
本体価格・各760円
「私は中国文学が好きだ!」
と言う人は多くいますが、大抵の場合、そのきっかけは「三国志」ではなかったかと思います。しかもその場合、「三国志」とは、羅貫中の「三国志演義」や陳寿の「正史」ではなく、吉川英治の「三国志」ではないかと思います。実は、私がそうなのです。
吉川「三国志」のお蔭で三国時代と言うのは、日本で最も有名かつ人気のある中国の時代であると思います。
吉川英治がこれを執筆したのは、昭和14年8月〜18年9月です。「宮本武蔵」の連載の終了後で、同時期に「新書太閤記」が書かれています。時代としては、戦中と言ってよいでしょう。
今回はそんな吉川「三国志」について語りたいと思います。
- ◎物語について
- 三国と言うのは、黄河流域の魏、揚子江流域の呉、四川の蜀の三国です。この三国を建てた曹操(そうそう)、孫権(そんけん)、劉備(りゅうび)の生涯と建国、その周囲の群雄の物語が「三国志」です。
「三国志」やの物語の舞台と時代は、中国の後漢時代の霊帝の頃(黄巾賊の乱)からその滅亡迄(168〜220)と、三国時代(220〜265)です。今回の吉川「三国志」はその中で、黄巾賊の乱から諸葛孔明(しょかつこうめい)の死(234)迄を中心に書かれています。孔明の死後はそんなに詳しく書かれていません。
その為か、日本人の「三国志」観は孔明の死で結ばれているような気がします。
- ◎登場人物とあらすじ
- 「三国志演義」の内容について「事実7、虚構3」と言われています。従って、登場人物はほぼ実在の人物です。吉川「三国志」はこれを元に書かれています。
吉川英治の作品と云うのは、登場人物への視線が優しく、「どうしても許せん」という悪役が余りいません、‥‥董卓は例外ですが。数多くの登場人物が、非常に魅力的に描かれています。
「三国志演義」もそうですが、吉川「三国志」も前半は蜀の劉備が主人公です。
劉備が関羽(かんう)張飛(ちょうひ)と義兄弟の契りを結ぶ「桃園結義」に始まり、軍師として諸葛亮(しょかつりょう、孔明は字)を迎える「三顧の礼」、孫権と同盟して曹操を破る「赤壁の戦い」、入蜀するものの次々兄弟を失い自身も死を迎える「白帝城」、そこから(赤壁から?)主役は諸葛亮に代わり、孟獲を「七縦七擒」し、「出師の表」で征魏の兵を出し、「泣いて馬謖を斬り」、五丈原で「死せる孔明生ける仲達を走らす」と云った内容です。「三国志」を御存じない方でも、知っている言葉はあったかと思います。
ところで、吉川「三国志」は孔明の死で終わっている様なものなので、その後の姜維の孤軍奮闘が余り書かれていないのですね。姜維のファンの方が、
「あれはヒドイ!」
と、嘆いておりました。ちなみに、多くの人が好きだと云う、劉備のお茶のシーンは、吉川英治のオリジナルです。
- ◎個人的雑感〜「三国志」
- 吉川「三国志」がなければ、日本に於ける「三国志」人気は今日の様なものではなく、ちょっとは有名な中国の歴史物語の一つでしかなかったと思います。
実際、中国の他の時代の歴史物語も、色々と面白いものが多いのですが、翻訳されていないものも多く、残念な気がします。逆に「三国志」ばかりが過熱してしまっている気がしなくもありません。
他の時代は、司馬遼太郎さんに名作「項羽と劉邦」もありますし、まぁ、最近は「水滸伝」「金瓶梅」「封神演義」もメジャーになりつつあるのですが、「三侠五義」や「児女英雄伝」等もうちょっと、色々、お手頃価格であればよいなぁと思います。
話がそれましたが、「三国志」を極めたい(?)と思うと、吉川・横山→演義→正史と行きますが、民間伝承として成立して来た部分(演義ではカットされた部分)を知るのに「三国志平話」も面白いようです。
ところで私は曹操がベタ贔屓(劉備嫌い)なので、演義系の悪役としての描かれ方が、でぇぃっっ嫌ぇです。その為、陳寿の方に行ってしまいました。こちらは曹操が正統とされています。
演義系だけれども、吉川「三国志」の曹操は、非常にチャーミングな敵役で、登場するとワクワクドキドキします。個人的には曹操が活躍する三国鼎立迄の「三国志」が好きです。
- ◎個人的雑感〜吉川英治
- 「三国志」と同時期に「新書太閤記」が書かれていたとは前述しましたが、この二つの人物の構成が、何となく似ているのです。
特に、秀吉=劉備、竹中半兵衛=孔明でしか読めませんよ(笑)そう言えば「私本太平記」の楠公や「新平家物語」の知盛も孔明っぽいですね。
吉川英治の孔明像は、天才軍師と云うより、誠実で堅実で忠実な人間の姿です。前半のスーパーマンの様な孔明より、後半のどこか悲壮な孔明の方が好感が持てます。吉川英治の理想とするタイプの人間像なのでしょうか?
本の内容としては、登場人物が「天の意」に動かされているような「三国志」に対し、自分の才覚で切り開いて行く「新書太閤記」はハッピーエンドで終わり、対照的とも言えます。‥‥まぁ、これも、一番いい所で終わっているからですが。
「新書太閤記」は光秀が白眉(これの出典も「三国志」)です。こちらも是非一度、お読み下さい。
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